私を理解して あなたの為に出来ること 暗闇にぼんやりと浮かぶ花街の灯。 その灯のもとに群がる蛾の如く、妓達が男の腕に絡みつく。 そんな土方の言葉に、彼の隣で酒を傾ける妓が笑った。 「嫌やわぁ…蝶と言ってくれればええのに」
鼻をつく白粉の臭いと、匂い袋から香る臭い。 「……」
小さく妓の名を呟く土方。
「もしかして俺が初めてとか?」 と尋ねれば、 「ま、まだ…その、…慣れてなくて…」 小さい声が返ってくると、左之は身震いした。 『く〜〜〜〜っっ!! 久々のめっけもの!可愛え〜〜〜〜〜〜っっ!!』
ウハウハである。 「大丈夫だ、優しくすっから…」
そんな甘い声を出せば、妓が顏を赤らめる。
という妓の絶叫が聞こえたのは。
「な、何だ!?」
「何だじゃないわ、一体誰の名前を呼ぶかと思ったら…
妓の叫びに土方の顔が 「え?」 となる。 「ま、間違った…」
そう、土方は妓の名前を間違えて呼んでしまったのである。 「私の名は!?」
その質問に土方が詰る。 「…………許さない…っっ」
ギリッと妓が涙目で土方を睨んだ。
「わ、わりいっ!!!」
左之は慌てて謝る。 「ひ、酷〜〜〜〜〜いっ!!!」 「わ、悪い、まじで悪かった!!」
泣きそうな顏で怒る妓に左之は必死に謝った。 「痛かったか?」
気を取り直して、左之は妓の首筋に指を伸ばした。 「…うん…大丈夫」 と涙で潤んだ瞳が左之を見上げる。 二人は見つめあい、そして顏を近づけて… 『よっしゃ!』
今度こそ!と左之が心の中で叫んだその時。
バっシーンっと左之のいる部屋の襖が飛んだ。
「きゃああっ!?」
驚いた二人が思わず抱きあって転がると、
どうやら近い部屋で女同士が喧嘩を始めたらしい。 「さ、左之様…?」
不安そうな妓の顏に、左之の内心が 「ぐ〜〜〜〜っっ」 と掴まれる。
「あんたなんて、この前男に逃げられたクセに!!」 「ふん!あんなのは金だけが目当てだったから良いのよ!」 「強がっちゃって!他に良いのがいるわけでも無いだろうにっ」 「いるわよ〜」 「へぇ?誰?どこの誰? 」
妓の争いとは…凄まじい。 「え?」 思わずビクっと背筋を伸ばす土方に、妓は言った。 「この人、この間私の事を『最高の女だ』って言ってくれたわ!ねぇ、土方様?」
そういって寄り添ってくる妓に、土方は曖昧に頷く。 「何馬鹿言ってるのよ!歳さんは私の体が一番相性が良いって言ったわよう?」
妓が 「歳さん」 を強調する。 「で、どっちが本当は良いの?」
その時、土方は一瞬で状況を理解した。 『下手な事を言えば…殺される!!』
「気にすんな。きっとくだらねぇ男の取りあいさ」 「…左之様は…」 「ん?」
妓の体と布越しに接しながら、左之は気持ちが高ぶるのを感じていた。 「左之様は、他にも良い相手がいるの…?」 と。 いる。
そう答えてしまえば、きっとこの妓は手に入らない気がした。 「これからは、お前だけさ」
そう言えば、妓の頬が染まるのが判る。 『新八っつぁ〜〜ん!俺、こいつ一本に決めちゃうかも!!』
親友の呆れる顏を想像しつつも、左之は弾む気持ちが止められなかった。
「うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
そんな叫び声の合唱が聞こえた瞬間、再び襖が吹き飛ぶ音がした。 「うげっっ!?」 「ぎゃっ」
潰された二人が叫ぶが、周囲はそれどころじゃない。 「さぁ!私たちの名前を呼んでみてっっ!!!」 と一人が叫べば
「誰が一番か言って!他の妓を選んだら、 「今日は私に会いに来る約束だったじゃない!!!」 と新しい一人が叫んでいた。
ああ、もてる男は辛いね、と土方はちょっと泣きたい気分だ。
それにしても、ここはそういう商売の場所なんだから、 「…………う…」
さぁ、どうする!?
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!?」
襖が持ち上げられ、妓達が悲鳴と共に転がり落ちる。 「さっきからピーピーぎゃーぎゃーと、どこのボケ男が相手だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!」 叫ぶ左之に土方が言った。 「俺だ」 と。
そこで左之が固まる。
「…いった〜…」 と呟いて頭をさする妓は、どうやら左之と一緒に潰されていたらしい。 その、妓の名前を。
「あ」 「へ?」
若い女は土方の顔を見て止まる。 「…お前、この間の…」 土方の呟きに妓の顏が歪んだ。 「この間、故郷に帰れるって、俺が祝い金をやった妓じゃねぇか…!?」 「………何だって!?」
妓を指さして言う土方の言葉に、左之の顏が歪んだ。 「………っち!せっかく新しいカモが見つかったと思ったのに…っ!!」 その憎々しげな口調に、左之が固まるのを見て、土方は笑った。 「騙されかけたな、お前」 と。
「あんただって金を騙しとられたようなもんじゃねぇか!!!」 「ああ!? この野郎、副長に向かって何て言い草しやがる!!!」 「何が副長だ!俺だってもう少しで上物が食えると思ってたのに!!!」 「てめぇ、覚悟は出来てるんだろうな!!!!」
が〜〜っと叫ぶ左之に、だ〜〜〜っと土方が怒鳴り返す。
「…………」 こちらを睨む4人の妓。 「名前、覚えられるんじゃない」 「そんな簡単にお金、あげるんだ〜」 「こんな小娘にまで手を付けてるなんて…」 「左之様も、食うからにはお金、くれるんでしょうね?」
ニコニコニコニコと、笑う4人が2人に迫ってくる。 「今日は帰りたいな」 と左之が。 「ああ、仕事も溜まってるし」 と土方が。 しかし 「逃がさないわよ」 と妓達が。
なんと2人は窓から道へと飛び降りてしまった。
妓達は窓に寄り添い、それを苦笑しながら見送る。 「絶対来てよね〜」 と笑ったのだった。
一晩だけでも、艶っぽいお釈迦様の手の平で遊んでいきなさいよ… そんな妓達の笑い声がいつまでも京都の町にこだましていた。
ふわふわふるえる恋心♪
来夢 |