人生の大災害 彼氏と彼女の主張
ニューセレクト株式会社。
そこは会長に松平容保、社長に近藤勇を擁する、 女性用下着の企画製造販売を行う会社である。 会社設立の歴史はまだ浅いが、この三・四年で急成長を遂げている。
誠の心を下着に込めて日々精進!が社訓だ。
辺境の地【狼斬】から都に出たばかりのD×I(♂・21歳)。
九月の始め、ご存知ニューセレクトでは秋の防災訓練を実施していた。
「え〜では、各部署ごとにサイレンが鳴ったら
土方が全社員に向けて説明をすると、各部署の責任者である部長達が神妙に頷く。 そんな土方の背中に向けて桃色吐息を吐く男がいた。 「ああ、その吐息は何億度もの業火に勝るっ!!」 「出たな化け物」 土方がぞっと振り向くと、そこには企画部伊東の姿が。 「ああんっ!君の愛の炎に焼かれたいっ!!!」 土方はそう叫んで身をよじる伊東を無視して、待機している消防隊員に声をかけた。 「すみません、こいつの消化をお願いします」 消防隊員達は 「は?」 と首を傾げる。 「字が間違ってますよ、土方部長」 「そうですよ、『消化』じゃなくて『消火』ですよ」 「あん?」
そこへぬっと現れたのは企画部のチアキとぶー子。 「こんな野郎を救出する必要はない。消化されて消えちまえっ!!」 「では是非君の胃袋へ〜〜〜〜っっっ!!!」
怒鳴る土方に叫ぶ伊東。 「馬鹿野郎っ!! 良いから持ち場へ戻りやがれっっ!!!」
「部長つまらな〜〜〜いっ!! もっと激しくっ!!」 と加藤。 「え?」 斎藤がのけぞる。 「そうですよ、もっと大騒ぎしながら避難しましょうよ〜〜っ!!!」 と蝸牛。 「ええ?」 更にのけぞる。 「さぁ、斎藤部長っ!神谷さんを抱っこして早く脱出をっ!!!」 「え〜〜〜〜っっ!!?」 最後に叫んだ依吹に、斎藤と一緒にセイも首を傾げた。 「何故に抱っこ?」 何で〜と尋ねるセイに依吹は叫んだ。 「二人の愛は燃え上がり、これから愛の逃避行っ!!!」 目に炎を照らしながら言う彼女に、一同が脱力した。
「4階の窓っ!?」 「嘘っ!? 飛び降りっ!?」 舞美とおくらがひぃっと抱きあって震える。 「大丈夫だ、ほらよくあるだろ? 空気の詰った浮輪みたいなヤツで、滑り台のように脱出するやつ」
怖がる部下に永倉が笑いながら説明をしていると、まもなく現場になる窓に辿り着いた。 「じゃあ一人ずつ降りていけ〜」 「嫌よっ!! 私はあなたと死ぬまで一緒っ!!!」
淡々と声をかける永倉に左之代が叫ぶと、永倉は 「五月蝿い」 と彼女を突き飛ばした。 「ちょっ!! 危ない事は止めて下さいよっ」 「ほら、見てみ?」
焦る隊員の警告を無視して、永倉が下を覗き込むと全員がそれにならう。 「おおおお〜〜〜〜っっっ!!!」
思わず周囲から歓声が漏れると、それに勇気づけられた営業部の面々が 「左之代ちゃん、素敵〜〜〜〜!!!」 とぴるぽるも叫ぶ。 「ぴるぽるちゃんも早くいらっしゃ〜〜〜いっ」 そして永倉が「もう誰もいないかな…?」 と部下の人数を確認しようとした時。 「部長、危な〜〜〜〜いっっ!!!!」 「のわっ!?」
いきなり駆け寄ってきた林檎兄貴に突き飛ばされ、 「ば、馬鹿野郎、何しやがる〜〜〜〜〜っっ!!!!」
ぎゃ〜〜〜〜っっという叫びを聞きながら、 「はぁ、早く避難させて上げられて良かった♪」 と。
下では左之代が落下してきた永倉に「焦りは禁物でしょ〜」と呟いていた。
「じゃあ、一人ずつゆっくり落ちるんだぞ」 土方の号令を聞いて、全員が頷くと神妙な顔つきでエアクッションに向かう。 「瑞希さん、あの世でもお友達でいましょうね」 と奈緒が。 「奈緒さん、あの世でも土方部長をお守りしましょうね」 と瑞希が。
手を握りあう二人を土方が黙って突き飛ばすと、 「あの、危ない真似は…」 「次っ!!」 驚く消防隊員の忠告など聞く耳持たずの土方の声に、秋葉が飛びだしてくる。 「では部長、お先に〜〜〜〜っっっ!!!」
彼女は叫ぶとクッション脇に備えた自前のロープでビルを下っていった。 「部長、いつでもお出迎えしますからね〜〜〜〜っっ!!!」 土方が覗き込むと、すでに地上に降りている明々が手を振っていた。 「お前、いつ降りたんだ?」 「実は遅刻して今来ました〜っ」 テヘへと笑う明々に土方は 「今月から給料減棒!次っ!!!」 と怒鳴った。 「では…」 土方の怒声に控えていた部下達が歩み出る。 「部長、お元気で」 「部長、愛しています」 「部長、最近太りましたね」 「部長、後ろに伊東部長が…」 「部長、社会の窓が開いてます」
口々に言い残される言葉に眩暈を覚えつつ、 「最後は僕です」 「お、D×I(でぃ)君か」
土方が振り向くと、そこには一人の青年がいた。 「あ、D×I君で最後なんだね〜」 と未織が手を振るのにD×Iも答える。 「怪我してもスグに手当てして上げるわよ〜〜っ」 と姶良も注射器を振っている。 「注射器使うのか?」 林原リンが首を傾げると、桃が頬を染めながら囁いた。 「部長が気を失ったら、皆でお医者さんごっこが出来ますね」
思わず 「ふっふっふっふ」 と笑う女性達に、消防隊員達が 「おいおいおい」 と冷や汗をかく。 「僕は、新入社員のD×Iですっ!!!」
いきなりD×Iが叫んだのである。 「僕の職種は〜表向きは秘書ですが、実は…」 「実は!?」 何だっ!?と土方がぎょっとすると、彼は更に声を大きくして叫んだ。
その発言に、一瞬の間を置いて、方々から驚愕の声が上がった。
早く飛び降りちゃって欲しい山田さん(仮名)はもう何が起こっているのか把握しきれない。 「てめぇっ何を言いやがるっ!?」 「土方部長…僕は…僕は…」 真っ青になってD×Iに掴みかかる土方に、下から叫びが上がる。 「酷い部長〜〜〜っっ!! ヒモって…ヒモって…ホモだったんですか〜〜〜〜っっ!!!?」 「馬鹿野郎っ黙れ氷雪っ!! ヒをホに変換するなっ!!!」 「部長、僕は本気ですっ!!!」
下に向かってが〜〜〜っと唸っていた土方に、D×Iが抱きついて叫ぶ。 「あのな…あのな、D×I、いつから君は俺のヒモになったんだ?あっ!?」 ぐぐぐぐぐ…と土方がD×Iに凄みをきかせると、D×Iは顏を赤らめて呟いた。 「夢の中で…」 「お前のか!?」 「部長、優しかった…」 「だから、お前の夢の中でだな!?」 「正夢かもっ!?」 「違うわいっ!!!!」 涙目で訴えるD×Iに、土方は眉間をピクピクさせながら怒鳴った。 「このっ下で頭を冷やしやがれっっ!!!!」 そしてドンッとD×Iを突き落とした。 「告白の予行演習が出来て良かったです〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」 きゃ〜〜っと落下しながら笑顔で叫ぶD×Iに、土方はガクっと膝をついた。 「予行演習で俺を抹殺する気か…」 と。
山田さん(仮名)はオロオロとするばかりだった。 「俺は降りないっ!!!」 「えええっっ!?」 一同から驚愕の声が上がる。 「何でですか…?」
山田さん(仮名)の 『早く終わらせたい…』 という悲痛な叫びに、 「あれを見てみろっ!!! ここから降りたら俺は…俺はっっ!!!!」
わなわなと震える土方の指さす先には、
すでに下の消防隊員の人々は恐怖で顏を青くしている。 「一体何の会社なんだ…」 と。 そしてそれに土方は答えた。 「俺も知りたい」 …と。
土方の苦悩は明日も続く。
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