人生の大災害
彼氏と彼女の主張



ニューセレクト株式会社。
そこは会長に松平容保、社長に近藤勇を擁する、
女性用下着の企画製造販売を行う会社である。
会社設立の歴史はまだ浅いが、この三・四年で急成長を遂げている。

誠の心を下着に込めて日々精進!が社訓だ。
退職は切腹、横領は切腹、他社に負けても切腹!といった
血の匂いも濃い厳しい服務規程がかせられているが、
入社希望者は後を絶たない。
それというのもニューセレクト株式会社の幹部の面々が魅力的だからだ。
その魅力に中てられて今日もまた新入社員が一人―――――

辺境の地【狼斬】から都に出たばかりのD×I(♂・21歳)。
望んで人事部へ配属となった彼は新人研修を受ける爽やか青年だ。




九月の始め、ご存知ニューセレクトでは秋の防災訓練を実施していた。

「え〜では、各部署ごとにサイレンが鳴ったら
『火事が発生した』との設定に基づいて、避難を開始してくれ」

土方が全社員に向けて説明をすると、各部署の責任者である部長達が神妙に頷く。
この日の訓練は、地元の消防隊の協力も得た大掛かりなものだった。
すでに会社前には赤い車体の消防車が待機している。
土方は時計を見ながら、ここからの段取りを頭に描きながらふぅ…と溜息をついた。

そんな土方の背中に向けて桃色吐息を吐く男がいた。

「ああ、その吐息は何億度もの業火に勝るっ!!」

「出たな化け物」

土方がぞっと振り向くと、そこには企画部伊東の姿が。

「ああんっ!君の愛の炎に焼かれたいっ!!!」

土方はそう叫んで身をよじる伊東を無視して、待機している消防隊員に声をかけた。

「すみません、こいつの消化をお願いします」

消防隊員達は 「は?」 と首を傾げる。

「字が間違ってますよ、土方部長」

「そうですよ、『消化』じゃなくて『消火』ですよ」

「あん?」

そこへぬっと現れたのは企画部のチアキとぶー子。
土方はそんな二人を冷たい視線で居抜きながら言い放った。

「こんな野郎を救出する必要はない。消化されて消えちまえっ!!」

「では是非君の胃袋へ〜〜〜〜っっっ!!!」

怒鳴る土方に叫ぶ伊東。
チアキとぶー子はすでにひいている。

「馬鹿野郎っ!! 良いから持ち場へ戻りやがれっっ!!!」




ウガ〜〜〜っっと土方が絶叫した時、社内にサイレンが響き渡った。
ウ〜〜〜〜っっというサイレンを聞いて、斎藤が立ち上がると、
いつもと変わらない無表情で「では避難」と部下に声をかけた。
が、これに部下達からクレームが上がる。

「部長つまらな〜〜〜いっ!! もっと激しくっ!!」 と加藤。

「え?」 斎藤がのけぞる。

「そうですよ、もっと大騒ぎしながら避難しましょうよ〜〜っ!!!」 と蝸牛。

「ええ?」 更にのけぞる。

「さぁ、斎藤部長っ!神谷さんを抱っこして早く脱出をっ!!!」

「え〜〜〜〜っっ!!?」

最後に叫んだ依吹に、斎藤と一緒にセイも首を傾げた。

「何故に抱っこ?」

何で〜と尋ねるセイに依吹は叫んだ。

「二人の愛は燃え上がり、これから愛の逃避行っ!!!」

目に炎を照らしながら言う彼女に、一同が脱力した。




経理部が避難に手間取っている頃、営業部は無事移動を開始していた。
先頭に立って走る永倉は 「良いか〜? これからエアクッションを使って、
4階の窓から脱出するぞ〜」 と背後の部下達に叫んだ。

「4階の窓っ!?」

「嘘っ!? 飛び降りっ!?」

舞美とおくらがひぃっと抱きあって震える。

「大丈夫だ、ほらよくあるだろ? 空気の詰った浮輪みたいなヤツで、滑り台のように脱出するやつ」

怖がる部下に永倉が笑いながら説明をしていると、まもなく現場になる窓に辿り着いた。
そこはちょうど地上に消防車や隊員達が待機する広場に面した窓で、
今はオレンジ色のエアクッションッがすでに設置済みだった。
やはりオレンジ色の隊服を着た消防隊員が「さぁこちらへ」と手招きしている。

「じゃあ一人ずつ降りていけ〜」

「嫌よっ!! 私はあなたと死ぬまで一緒っ!!!」

淡々と声をかける永倉に左之代が叫ぶと、永倉は 「五月蝿い」 と彼女を突き飛ばした。
消防隊員がぎょっと目を丸くすると、
左之代は「あ〜〜れ〜〜〜〜っっ!!!」と言いながらもクッションの上を落下していった。

「ちょっ!! 危ない事は止めて下さいよっ」

「ほら、見てみ?」

焦る隊員の警告を無視して、永倉が下を覗き込むと全員がそれにならう。
すると地上付近では、左之代が見事にクッションをバネにして
空中一回転付き着地に成功していた。

「おおおお〜〜〜〜っっっ!!!」

思わず周囲から歓声が漏れると、それに勇気づけられた営業部の面々が
次々とクッションを滑っていった。

「左之代ちゃん、素敵〜〜〜〜!!!」 とぴるぽるも叫ぶ。

「ぴるぽるちゃんも早くいらっしゃ〜〜〜いっ」

そして永倉が「もう誰もいないかな…?」 と部下の人数を確認しようとした時。

「部長、危な〜〜〜〜いっっ!!!!」

「のわっ!?」

いきなり駆け寄ってきた林檎兄貴に突き飛ばされ、
永倉はクッション横の空間へと落下した。

「ば、馬鹿野郎、何しやがる〜〜〜〜〜っっ!!!!」

ぎゃ〜〜〜〜っっという叫びを聞きながら、
呆気に取られた消防隊員に、彼女はふぅっと溜息をつくと言った。

「はぁ、早く避難させて上げられて良かった♪」 と。

下では左之代が落下してきた永倉に「焦りは禁物でしょ〜」と呟いていた。
負傷者一名。




そんな騒ぎを聞きつつも、後から駆けつけた他の部署の面々も、
そこから地上へと脱出していく。
そして残るは人事部の面々となっていた。

「じゃあ、一人ずつゆっくり落ちるんだぞ」

土方の号令を聞いて、全員が頷くと神妙な顔つきでエアクッションに向かう。

「瑞希さん、あの世でもお友達でいましょうね」 と奈緒が。

「奈緒さん、あの世でも土方部長をお守りしましょうね」 と瑞希が。

手を握りあう二人を土方が黙って突き飛ばすと、
二人は同時にそのままクッションを落下していった。

「あの、危ない真似は…」

「次っ!!」

驚く消防隊員の忠告など聞く耳持たずの土方の声に、秋葉が飛びだしてくる。

「では部長、お先に〜〜〜〜っっっ!!!」

彼女は叫ぶとクッション脇に備えた自前のロープでビルを下っていった。
消防隊員(仮名・山田さん)は不思議な光景に声も出ない。
すると今度は下から声が響く。

「部長、いつでもお出迎えしますからね〜〜〜〜っっ!!!」

土方が覗き込むと、すでに地上に降りている明々が手を振っていた。

「お前、いつ降りたんだ?」

「実は遅刻して今来ました〜っ」

テヘへと笑う明々に土方は 「今月から給料減棒!次っ!!!」 と怒鳴った。

「では…」 土方の怒声に控えていた部下達が歩み出る。

「部長、お元気で」

「部長、愛しています」

「部長、最近太りましたね」

「部長、後ろに伊東部長が…」

「部長、社会の窓が開いてます」

口々に言い残される言葉に眩暈を覚えつつ、
土方はそんな可愛い部下達を見送っていった。
そして…

「最後は僕です」

「お、D×I(でぃ)君か」

土方が振り向くと、そこには一人の青年がいた。
人事部初の男性社員である。
それは日々、パワフルな女性達に翻弄されている土方の苦渋の策だった。
『男の仲間が欲しい…』
そんな切実な叫びから採用された彼は、爽やかな笑みを土方に向けると、
エアクッションの淵に立って地上を見下ろした。

「あ、D×I君で最後なんだね〜」 と未織が手を振るのにD×Iも答える。

「怪我してもスグに手当てして上げるわよ〜〜っ」 と姶良も注射器を振っている。

「注射器使うのか?」

林原リンが首を傾げると、桃が頬を染めながら囁いた。

「部長が気を失ったら、皆でお医者さんごっこが出来ますね」

思わず 「ふっふっふっふ」 と笑う女性達に、消防隊員達が 「おいおいおい」 と冷や汗をかく。
そんな地上に、頭上から声が降りてきた。

「僕は、新入社員のD×Iですっ!!!」

いきなりD×Iが叫んだのである。
土方も目を丸くして彼を見る。
すると彼はそんな土方にウィンクを送ってからこう言った。

「僕の職種は〜表向きは秘書ですが、実は…」

「実は!?」

何だっ!?と土方がぎょっとすると、彼は更に声を大きくして叫んだ。











「土方部長の、ヒモで〜〜〜〜〜〜〜〜っっすっっ!!!!」

その発言に、一瞬の間を置いて、方々から驚愕の声が上がった。











「何ですって〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!?」

早く飛び降りちゃって欲しい山田さん(仮名)はもう何が起こっているのか把握しきれない。

「てめぇっ何を言いやがるっ!?」

「土方部長…僕は…僕は…」

真っ青になってD×Iに掴みかかる土方に、下から叫びが上がる。

「酷い部長〜〜〜っっ!! ヒモって…ヒモって…ホモだったんですか〜〜〜〜っっ!!!?」

「馬鹿野郎っ黙れ氷雪っ!! ヒをホに変換するなっ!!!」

「部長、僕は本気ですっ!!!」

下に向かってが〜〜〜っと唸っていた土方に、D×Iが抱きついて叫ぶ。
それを見て、また地上から叫びが上がった。
その内容は悲喜こもごも…というより、怒りの声が多かったが。

「あのな…あのな、D×I、いつから君は俺のヒモになったんだ?あっ!?」

ぐぐぐぐぐ…と土方がD×Iに凄みをきかせると、D×Iは顏を赤らめて呟いた。

「夢の中で…」

「お前のか!?」

「部長、優しかった…」

「だから、お前の夢の中でだな!?」

「正夢かもっ!?」

「違うわいっ!!!!」

涙目で訴えるD×Iに、土方は眉間をピクピクさせながら怒鳴った。

「このっ下で頭を冷やしやがれっっ!!!!」

そしてドンッとD×Iを突き落とした。

「告白の予行演習が出来て良かったです〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」

きゃ〜〜っと落下しながら笑顔で叫ぶD×Iに、土方はガクっと膝をついた。

「予行演習で俺を抹殺する気か…」 と。

山田さん(仮名)はオロオロとするばかりだった。
そして残すは土方のみとなった時、脱力していた土方は言った。

「俺は降りないっ!!!」

「えええっっ!?」

一同から驚愕の声が上がる。

「何でですか…?」

山田さん(仮名)の 『早く終わらせたい…』 という悲痛な叫びに、
土方は首を横に振った。

「あれを見てみろっ!!! ここから降りたら俺は…俺はっっ!!!!」

わなわなと震える土方の指さす先には、
地上で土方を捕獲せんと様々な罠をしかけて待つ人々。
縄あり、網あり、電気ショックあり、檻あり、吹き矢あり…

すでに下の消防隊員の人々は恐怖で顏を青くしている。
山田さん(仮名)は思わず呟いた。

「一体何の会社なんだ…」 と。

そしてそれに土方は答えた。

「俺も知りたい」 …と。






その後、立てこもった土方を説得するのに近藤まで出てくる騒ぎとなった。
が、土方の身柄が確保されてからは無事滞りなく避難訓練は続き…
ニューセレクト社は無事、都から「安全優良企業」の承認を頂きましたとさ。




「俺の安全は…?」

土方の苦悩は明日も続く。

避難訓練は愛の逃避行?
来夢

> ニューセレクト人事部女性社員の先輩方々へ

はじめましてっ新入社員のD×Iです(・◆・)>
まだ入社間もない新人研修中の身ですがっ、人事部に席を置くことになった以上
(土方部長の下で働くことになった以上)
ニューセレクトに貢献できるようっ誠心誠意頑張らせて頂きますっ!
(部長には献身的に奉仕させて頂く所存であります!)
どうぞっ御指導御鞭撻のほどを宜しくお願い致しますっ★ +爽やかスマイル v

…ビーム光線や注射器が舞った気が…

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