巡察

平成十四年 五月十一日〜十三日
平成十四年 五月十二日 歳三忌

5/11〜13で東京まで遠戦に赴いてまいりました!!
歳三忌であります!!
メンバーは新参者の私めと先輩隊士二人の計三名での強行軍☆

11日夜(PM10:52)夜行バスに乗っていざ大阪を出発!!
明くる12日早朝(AM6:00頃)東京は京王八王子駅前に到着しました☆

一週間前から食い入るように週間天気予報を伺っていたのですが
前日になるまでず―――――っっと東京は12日雨だったのです…
が!!日頃の行いがモノを言ったのか、
東京12日は快晴☆ 朝方は少々冷えてましたが…熱い一日となります☆

朝食を適当に済ませ電車で高幡不動尊へ向かい、まずはちょいちょい見学☆
商店街には前日から催されている新撰組祭りのポスターがv
あっちを見てもこっちを見ても新撰組☆
ウキウキワクワクしながらも、とにかく時間がまだ早すぎ、手持ち無沙汰にぶらりぶらり…
その間にも私は持参したデジカメのシャッターを切りまくっていたのですが…(*▽*)

土方歳三像 嬉しくて嬉しくてvvv …何が嬉しいって、
憧れの土方歳三さんが生まれ育った地に来れたということですよ☆
土方歳三像もばっちり写真に捕らえてきましたv

…この時、像の近くにいた人が写真を撮るには邪魔だったので
どいてもらおうと思い、「失礼ですが写真を撮りたいので…」
と声を掛けたのです…40位のおじさんでした…
「ええ?いやぁ、そうですか?」と何やらはにかんだかと思うと、
像の前にしゃんっ…と仁王立ち……
明らかに勘違いをさせてしまったようで(焦)
…まぁなんとかその場を取り繕いつつ写真を撮ったのでした☆
(ひ〜ん(>△<)歳さんの前で恥ずかしかったよ〜!!)

見ての通り、この像の歳さんは京都時代の新撰組のシンボル
”ダンダラ羽織”姿です☆
京都時代、歳さんはあまりあの羽織は利用しなかったようなので、
なにやら変な感じがしましたが…ある意味貴重なショットですねv

浅川

で、時間があったので一先ずは石田寺の場所を抑えておこうと思い
駅員さんに道を尋ねて淺川のほうへ移動…
HP等で歩ける距離だと調べていたので地図を片手に徒歩でテクテク☆
「ああ〜ここいらも土方さん歩いたりしたのかなぁ…」
なんて思いながら勝手に一人で浸ってテクテクテクテク…
採石場があったのですが、日曜ということで稼動していなかった事が幸いし
辺りは静かなものでしたよ☆

途中、橋で出会った犬の朝の散歩と中だった奥様としばし談笑☆
そこでも道を尋ね、向かったのは土方歳三資料館☆
新撰組祭り

HPなどで再三調べていたとおり、個人宅の為、第三日曜日が定会館日で
この日は多分開いていないだろうと諦め半分、
一応来たということで門前までは…なんて思いで向かったのですが!!
なんと11・12日、臨時開館をしてくださるという張り紙☆
この時点でAM9:20…開館はAM10:00〜PM4:00…

先ほど高幡不動尊で新撰組祭りのパレードがAM10:00〜
だということもあったので、また一度舞い戻ることにしました☆

ちょうどAM10:10位には戻れ、パレードを
至近距離から拝観することができました☆
…人垣で写真を撮るのは必死でしたが…(+■+;)
八王子千人同心から新撰組の一番隊から十番隊までもが勢揃い!!
その迫力もさることながら、土方役の軍服を着たナイスダンディに
思わず我等三人は歓声を上げてしまいましたねv
もち、写真もばっちり撮らせていただきました☆

新撰組祭り
新撰組祭り
新撰組祭り
新撰組祭り
男の人に混じって女の人もたくさん新撰組隊士として参加していました☆
東男の凛々しさのなかに女の花があったので華やかなパレードでした☆
新撰組祭り
新撰組祭り
新撰組祭り
新撰組祭り

新撰組祭り

高幡不動尊の参道を練り歩いて
最後に皆で土方歳三の像の前に整列☆
パレード直前、カメラを構えて拙者が参道に立っていた時、
境内の方からも一度聞こえてきたのですが、
ここで再度勝鬨を聞きました☆
人垣の向こう側での整列だったので
うまいことフレームに収まらず…
祝詞を唱えていたようにも窺えたのですが
実際よく見えませんでした…(残念…)

日野新撰組同好会、資料館警護 バタバタと20分ほどパレードを楽しませてもらい、
取り急ぎ資料館のほうへ!
辿り着けばすでに門が開いていて、
門前に日野新撰組同好会の幟が…!?
「おや?」と思えば、資料館戸口前に二人の隊士がv
日野新撰組同好会から資料館警護の出動だったようです☆
入場料(一般¥300)を払って部屋に上がらせてもらいました☆
部屋の中で解説されていた話は途中からしか伺えませんでしたが、
石田散薬のあれこれや、手紙・書簡のあれこれ、
近藤・土方の写真が額に入れて展示されてあり、
狭い部屋に寿司詰状態になりながら拝見させてもらいました☆

話の後、ガラスケースの向こうに置かれた抜き身の兼定を目にした途端
その場に釘付けにされてしまいました…
「こ、これが…土方さんの御腰に召されていたあの…」
ただただ開いた口が塞がらず…
食い入るように眺めることしか出来ませんでした☆
先輩隊士の一人は「あれで斬ってみたい」
などと恐ろしいことを言っていましたが…(駄目だって…)

ベートーベン歳☆ 他にも資料集でしか拝んだことのなかった鎖帷子の鎧・鉢鐘もありましたよ☆

ただでさえ狭い部屋でしたが、そこで新撰組関係の本の販売もしてました…
欲しいな…読みたいな…と思わせるものばかりだったのですが、
遠戦に赴く者の懐はさびしいもので…到底手が出ませんでした(T▲T)
せいぜいが、先頃、京都西陣で展示会が行われた際に作成された
Sサイズのポスター(¥500)を買うのがやっと…☆(額に入れて飾ってますv)
…「斬りたい」と言った先輩隊士はリッチなのでテレカ三枚に
ポスターまで購入していました……う、羨ましいぜ…☆

買い物を終えて外に出てから、
戸口左に構えるベートーベンもどきな歳さんの像の写真を一枚☆
矢竹 ついでにv戸口に控えていた日野新撰組同好会のお二人に声を掛け、
歳三の胸像を挟んで写真をとらせてもらいましたv
なかなかに様になっていたお二人でしたのでつい…

戸口に使われている三本の梁は、洪水で流されて今はない
歳三生家で使われていた柱を利用しているのだとか☆
そこんところも抑えてフレームに収めてきました☆
…ちょいと触ってこればよかったな…←恐れ多くて触れなかった小心者…
資料館脇の土方さんが戦に備えて植えたと言う矢竹もちゃんと見てきました☆
この竹、北海道の地にも移植されているのだそうですね☆

次に向かうは石田寺☆ 土方さんのお墓に手を合わせに☆
日野新撰組同好会のお二人から道を伺って訪ねていきました☆
寺に近付くにつれ、御仲間らしい人が集まってきました☆
石田寺・土方歳三慰霊碑
ものの五分も歩かぬ内に辿り着き、
そこで新人物往来者主催の歳三忌参加者に渡されていた葉書と
記念品(歳三ポーチ[藍色]イラスト・サイン入り…)
&チラシ&番号札(抽選用)を交換して
御焼香を待つ人々の列に加わりました☆

墓を挟んで両側から列をなしており、
墓の前に用意された御焼香台でお参りをする格好がとられていました☆
手を合わせて思ったのですが、
「こうやって土方さんを想って沢山の人が訪れているのを、
もし天からでも本人が見ていたら、歳さんはどう思うのかな?」
新撰組方々にも冥福を唱えていました
なんて……実際、私自身手を合わせて思ったことはそんな
どうでもいいようなことと、「安らかに…」と願うことだけでした☆

が!びっくりしたのは次の瞬間!!
いきなり号泣しだした女の子がいたのです(/*■*;)/
丁度私の次の番で先輩隊士の隣に立っていた子だったので唖然…
TVかビデオカメラで撮影していた方がいて、
これはイイ絵になると思ったのでしょう、
即座にその子へカメラを廻らせていました…ちょっと複雑な感じでした…

石田寺御神木

石田寺を去り際に御神籤を三人して引きました☆
この辺りの七福神を語ったもので私は弁財天でした☆
「学業に勤しみなさい」と御言葉を賜りました…(T▼T)るるる〜

さて、この時点でAM11:30☆
高幡不動に再び舞い戻り、昼食とすることにしました☆
心引かれたのは「幕末めし処 池田屋」☆
…今日と言う日だからか?あまりの行列に断念せざるを得ませんでした…
料理のネーミングからしてツボを得ていたので残念でした…うう゛…(TmT)

で、ファーストフードで腹を満たし、土産店が閉まってしまうことを危惧して
手っ取り早く御馴染v「歳三まんじゅう」と「歳三ビール」←つい勢いで…下戸なのに…
などなどの土産を買い込んだ上で菊地明氏の講演会へ☆

土産
土産
土産

驚いたのはその場に集まった人の数とバリエーション…
昨年、総司忌に参加した先輩隊士方の話では
それに参加した人達はほとんどが
若い女子だったというのですが、
この歳三忌では下は私達のような20代前後の女子から
上はかなり御歳を召された方々まで…!! 
土方歳三パワー…すごいです☆

人数がそろうまでにふるまわれた「新撰組」のお酒☆
私は下戸ですが「新撰組」とあっちゃぁ飲まないわけにはいきません!!
三人で一カップ頂きました…ちょいと辛口でしたね☆

毎日新聞で連載当初からずっと読みつづけていた「黒龍の棺」の朗読から始まり、
挨拶の後、菊地さんの御話がありました☆
テーマは「会津戦争」…だったのですがナカナカそこに辿り着かない…
何時の間にやら「熊・要注意」といった内容の話にもつれこみ、
今回出版されたと言う会津戦争レポートの取材においてこんなに大変だった、
あんな事して大変だった、と言う話を面白おかしく語って頂いたのでした☆
会津戦争についてもしっかりポイントを抑えた解説をしてもらい
大変勉強になりました…特に布陣した位置関係から
当時の状況を分析していくと言う話には飲み込まれてしまいました☆

一時間半と言う限られた時間で菊地さんの話は制限されてしまいました…

もっともっとお話を伺いたかったですね…
その後、他関係者の方々や新撰組関係縁者の方々の紹介、挨拶があり…
最後のほうにいたっては時間がないからと急かされつつ進行され……

ラストは抽選会☆ 新撰組グッツの争奪戦が繰り広げられました☆

殉節両雄之碑 やはり用意されていたと言うことで会場をわかせたのは芹沢鴨のハンコv
これはもうウケ狙いなのでしょうか??

先輩隊士方は、一人は永倉新八のハンコ、一人は土方のポーチ☆
で、私は沖田のサインに誠をあしらったペンケースが当たりました☆

なんやかんやと騒ぎ疲れ、会場を後にした時にはホッとしましたね…
落ち着いてから、歳三資料館で拓本を見せてもらった
殉節両雄之碑があることを思い出しそちらへ☆
近藤さんと土方さんの業績が刻まれた顕彰碑です☆
…境内右脇のちょっと寂しい所にありました…
歳さんの像は日の当たる所にあるのに…

高幡不動門前で目にした「紫陽花アイスクリーム」なるものを三人で食し、
最後にもう一度だけ御土産屋さんを覗いて…
見つけました…再来年大河ドラマに新撰組が取り上げられることを祝して作ったという
土方歳三の懐中時計!!←文字盤の中央に土方歳三の写真が☆もちろんゴールド!!
すっっっっっっっごく心惹かれましたが(前述理由より以下略…)

PM5:00☆ 高幡不動駅で私は先輩隊士方と別れ(二方は帰り新幹線利用)、
単独行動に動き出します☆(私はまた夜行バスを利用だったので☆)

佐藤道場址 佐藤道場址

向かうは日野!!
せっかく東京まで遠路遥々やって来たんですものv
回れる史跡は回っちゃるってな勢いですよ☆
事前調査が功を成し、地図を片手に
川崎街道を徒歩で北上☆
バイパスを潜って甲州街道に
ぶち当たったところで発見!!
佐藤道場址です☆
大きな道場址碑が広い駐車場の脇にあったので
すぐ分かりました☆
現在そば屋さんをしているということは
聞いていたのですが…
値段を疑ってしまうような重厚な建物…
入り口脇に設えられた石碑の写真を撮るも、門を潜って
玄関まで辿り着けずに気圧されて足が後ろに向いてしまいました…←小心者…
くやしながらも建物を写真に収め、甲州街道を西に向かいました☆

八坂社

PM6:10過ぎ、辿り着いたのは八坂社☆
広い境内に人っ子一人いなかったのでちょっと入るのにビクビク…
表に、この日剣道の模範試合のようなお祭りを催したとあったので
なおさらその静けさが虚しかったのですが、
「ここですごすご何もせずに大阪にゃ帰れんわぁ!!」と
半ば八つ当たり根性で神主さんがいると思われる
社所を訪問←大胆行動!!

応対に出てきて頂いた方としばし談笑☆
なんとPM3:00まで天然理心流が剣の上達を願って奉納したという
あの盾を公開していたと言うじゃありませんか!!
一縷の望みを掛けて「もう仕舞われてしまいましたか?」と尋ねると…
「しっかり…」仕舞ってしまったと言うお返事でしたぁぁぁぁぁぁ!
がっくし……後々考えてみると、大阪から遥々来たのに…
という哀れみを請うことは士道に恥じる行為だったかもしれませんな…
………………けど悔し―――――――い(泣)
また来年♪…ですって☆ るるる〜♪
昼間、剣技を披露した二刀流の先生方達が
奥の間で既に一杯引っ掛けて談笑してらっしゃる声を耳にし、
それがまた涙を誘いました(T▽T)や〜ん…剣技見たかったでしゅ☆

なんだかんだで残念無念さが残るも、最後に現在に新撰組を
応援する方との出会いで私の一人旅に思い出を残せたのは良い事でした☆

日野からは電車で八王子に出て歩いて京王八王寺駅前の
高速バスターミナルに向かい、バスの時間までまだ間があったので
今回の記録を手帳に綴りつつ夕飯で時間をつぶし…

PM10:30東京は京王八王寺駅を立ち…
明くる13日AM5:55に無事大阪到着☆
早速家に帰って風呂に入りました…(T▼T)ははは☆
今回の巡察はまさに体力勝負でした☆


平成十四年 五月二十二日

今日は就職活動で会社訪問のついでに帰り際、
近くまで行ったので大阪城まで足を伸ばしてきました(^_-)

…と言ってもかなり歩いたのですが…う゛うぅ…
大阪城に行き掛け井原西鶴終焉の地碑も発見☆
そういえば歴史街道で多いんですよ、この付近は☆
前に行った万福寺などの延長線上ですから☆

で!大阪城!!もう何年ぶりの訪問やら…?十年以上ぶりかも…(゚_゚)…☆
堀をぐるっと回って唖然…「き…きったねぇぇぇ…」
…ゴミやらなんやらが投げ込まれ見るに忍びない状態でした…(泣)

そして中に入ってから石山本願寺推定地の石碑を見つけました☆
…こんなところにどうして…??

すでに夕暮れ時だったので人も疎らでシャッターはきり易かったです(^_-) ←カメラ常備☆
が、リクルートスーツの女が一人でカメラ構えて怪しげに行動している様は
すごく怪しいことこの上ないものだったと思います…(恥)

門を潜ったときにもその大きさ重圧さに圧倒されましたが、
何よりあの石垣には感嘆…(大阪城の石垣は有名です) 大きいのなんのって!!
瀬戸内海から女の髪で運んできたと言うものですが、
ファインダーに収まりきらない大きさ…☆

で、天守閣☆ どの角度から眺めても美しい☆ 御城大好きです(^○^)
天守閣を中心にぐるっと回って、ありました!
先日NHK「その時」で淀君を見てから探しに行こうと息巻いていた
豊臣秀頼、淀殿ら自刃の地碑☆

…が、あったのは草が生い茂った桜林の薄暗い天守閣下の石垣前…
この季節(特に今日は暑くて)蚊があっちでもこっちでも大量発生!!
ここも例外でなく薮蚊の襲撃を回避しながら石碑を写真に収めて即退避!
…するも、企業訪問用の靴でスニーカーじゃなかった為に
砂利道(小石道)で足を痛めてしまったのは失敗でした…とほ〜(T△T)

あらかた大阪城を徘徊して帰り道、天満橋も歩いてきました☆
ここもまた新撰組の史跡ですものね☆

土佐堀川を右手に見て御堂筋淀屋橋駅まで同様に歩いて戻り
よれよれになりながら帰路に着き、本日の巡察終了(^_-)


平成十四年 六月二十二日〜二十四日
平成十四年 六月二十三日 総司忌

6/22〜24に掛けて23日の総司忌に出席すべく、
歳三忌から一ヶ月来の東京強行軍で行ってまいりました★
今回も私自身は当日の巡察(東京史跡周遊)計画を練ったので
かなり力み勇んでの出陣となりました★

メンバーは前回同様先輩隊士二人とでの♀トリオです★
先行で先輩の一人が22日から東京に泊まりで、
私ともう一人の先輩が追い掛け23日合流するという手筈★

私は22日夜、前回同様に夜行バスで大阪を出発★
無事東京は新宿西口に到着するも予定より20分ほど
早くAM6:30に着いてしまった為、
待ち合わせAM7:30まで待ち惚けを食らうことに…

板橋・近藤勇像

ま、その間身嗜みを整えるのに利用しましたが★
←夜行バス利用する時は洗顔・ブラシ等の用意は必須と前回学習済★

で、おまけに迎えに来てくれると豪語してくれた先行の先輩が
なかなか迎えに来てくれないし――――(>■<)

どうも中央西口のJR改札口で待っているのを
西口で待っていると勘違いしていたらしく…
結局私から西口まで向かうことに★
なんとか彷徨いつつも西口で先輩を発見★

東京来て一発目に心細さを味わいました…
携帯があって本当に良かった…(*x*)ほろほろ…

板橋・寿徳寺境外墓地

それにしても朝は冷えました…
気温が思った以上に低かったのには驚き…
先行の先輩から前日に「上着着用のこと」との知らせがあったので
なんとか最悪の事態は免れたのですが…
←下ノースリーブのチャイナでしたから(゜△゜)凍…

じきにもう一人も合流することが出来、早速向かうは板橋!!
近藤さんが斬首され…後に永倉さんが墓を建てた
新撰組慰霊碑がある寿徳寺境外墓地です★
新宿から池袋の一駅先の板橋駅まで★
東口を出て徒歩一分と聞いていた通り、
改札口から目視できる距離にありました★

板橋・近藤勇墓 板橋・近藤、土方 新撰組慰霊碑

改札口の駅員さんに「どこでしょう?」と聞いて
くすりと笑われてしまいました(^x^)>
が、やはり訪れる人は多いようで
親切に教えてくれました★てへへっ★
「新撰組の〜」のフレーズで
ピンとくるほどでしたからね★流石っ★

そして、念願叶っての板橋参拝…
体が震えました(゜_゜;)
先輩方は平然としたものでしたが
私は動悸息切れが…はぁはぁ…どきどきどき…
板橋・永倉新八墓
永倉さんのお墓に手を合わせ、
近藤・土方両氏の墓に手を合わせ、
新撰組隊士の方々の鎮魂を祈りました★

それにしても永倉さんはよくここに墓を建てたものです★
きっと大変な苦労があったでしょう…
そう思うと胸が熱くなりました(>_<)
仲間達の供養を思って建てた慰霊碑の立派さにも
一段と感動を覚えました★
脇にひっそり近藤さん個人の墓石が添えられているのにも
なにやら微笑ましくありました★

板橋・新撰組慰霊碑

そして気付くのがFANの方々のノートBOX★
「ああ…これが噂の…」開いてびっくり…
ぎっしりアレコレと思いの丈が書き殴られてありました(゜〜゜;)
…たまに勘違いしたコメントも見受けられましたが
(これが嫌で我々は書き込みはしなかったのですがね?)
こんなにも多くの人が今も新撰組を応援しているんだと思えば興奮しました★

一通り感慨にふけって(私は物足りなくもありましたが)
後回しにしていた朝食をとるべく、向かいのファーストフード店で一息★

寛永寺・家綱勅額門

ある程度腹を満たして次に向かうは上野の寛永寺!
板橋からだと鶯谷で下車したほうが近いこともあり電車で鶯谷まで★
が、駅からが迷った×2…(T▼T)
駅員さんにしっかり聞いた通りに歩いたのに〜!!
行けども×2寛永寺の霊園墓地が続くばかり…
しまいにゃ家綱霊廟勅額門なる重文まで見つけてしまったわ★
途中見かけた案内板をもとにめげずに歩きつづけて見つけた!
寛永寺★…ぜいぜい…はぁはぁ…

寛永寺
苦労して辿り着いた甲斐あって感動もひとしお(T〜T)
境内ではちびっこ空手のお稽古をやっていました★
それを横目に我等は上野戦争の慰霊碑や仏殿を見学★
「はぁ…ここでも戦があったんだよねぇ?」
と、罰当たりなくらいに静かな所でした★
一人の先輩は某ゲームの舞台ということでも感動していました★

しげしげ見回って上野公園のほうへテクテク★
途中またも重文の門を見つけ、これまた写真に収め…
寛永寺・上野戦争

寛永寺・上野戦争

すると重文等の文化財を見学していたらしい
おじさん二人と遭遇★
先輩方を先に行かせて一人で写真を撮っていたので
物珍しげに写ったようです…(^_^)>
やはり若い女が歴史建造物に見惚れているのは
奇妙なようで…?たは〜★
歴史に詳しい方だった様で触り程度にお話を伺えました★

話半分に切り上げ次に目指すは三ノ輪!
本来は寛永寺にあったものなのに移転されてしまった
黒門を追いかけるべく向かいました★

三ノ輪の駅から10分程度歩けば辿り着いた円通寺★
ここに黒門があります★
黒門は上野戦争の折激戦地に位置していた為、
弾痕の跡が残っているというのでドキドキしながら向かったのですが…
「何?このフェンス…(-.-)怒…」

円通寺・黒門

そう、門の周辺から奥に掛けてぐるっとフェンスが囲われていたのです★
よくよく見れば門の奥手には大鳥圭介さんの弔碑を含めた
上野戦争戦死者・彰義隊士の墓があり、
そしてその中央に…犬小屋が…………(-▼-)は?

囲んだフェンスに吊るされた「猛犬注意」の看板が
我等をせせら笑うように風に揺られカタカタ鳴っていました…
「何よこの扱いは―――――!!」と一同激昂!!
どうみても死者を慰むる扱い方ではないものです!
(我等はそう思った!皆さんどう思われます?)

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【報告】 2004.7.29 円通寺様より墓所の柵についてお知らせ頂きました。
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以前は柵などはなかったということですが、黒門への落書きや
墓石の転倒など、心無い者による被害が相次ぎ、
仕方なく金網にて墓所を保護するようになったとのこと。
犬小屋もその一環ということです。
(柵を乗り越えて、悪事をする者もいた為に
番犬を置いた時期があるとのこと)
他の方のページでも同様の批判があるようなのですが、
「柵で囲うのは心無き人からの防衛と御理解ください」とのことでした。
ただし、「入らせない」のではなく、何方でも寺務所に
開柵を申し出れば何時でも解放して頂けるとのことです。
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浅草寺

散々に幻滅させられるも次に目指すは今戸神社★
そう、沖田総司終焉之地碑を目指して★
地図を頼りに三ノ輪から歩くこと30分…

途中、三回も道を尋ね×2あるいたのに
一本手前で道を逸れてしまって
遠回りしないといけないことに…(>■<)
くぅぅ予想外の展開に!!

気付けば総司忌の時間が迫っており、
目と鼻の先まで来ておきながら今戸神社訪問は断念せざるをえず…
そのまま浅草寺を通り抜けて浅草駅から六本木を目指しました(T▲T)

専称寺

泣く泣く六本木に到着★
去年も総司忌に参加した先輩方の記憶を頼りに、
向かうは沖田さんのお墓があるという専称寺★

どうもこじんまりした寺だとかで、気付かずに通り過ぎてしまう恐れがある
ということで、しきりに脇道を確認しながら前進するも…
寺の門前に若い女子の群れができていたのですぐにそこだと分かりました(^_^;)
(が、あれは感心できませよ?通行人の妨げになってましたからね★)

すでにAM12:15ということで11:00開門から
だいぶ時間があいていた為、墓地には人も少なく
ゆっくり沖田さんとに手を合わせることができました★

専称寺
顕花などが出来ないということで悲しい限りですが、
一番に気付いて目に付いたのは墓石の有様…
もうボロボロ…角なんかポロポロ墓石の欠片が割れ落ちて…<(゜■゜;)>
目に見えて墓石の痛みは激しくて×2…
既に正面に掘られた家紋すらもうっすらとしかうかがえない状態…★

「なんとかこのまま持ち堪えて欲しいね?」と先輩に伺えば、
「あれ、ただの風化じゃないからね…」と沈痛な御言葉★
どうも、これまでの(自由参拝だった頃からの)
参拝者達のマナー違反があそこまでの痛手を
負わせてしまったようなのです…★
沖田総司墓

だから年に一度の参拝制限ということに
なったのでですが…
実際に有様を窺うまでは話半分にしか
受け止めていなかったので
大ショックでした…(TxT)ほろほろ…涙…

しかし沖田さんの死を考えると、死ぬ時も…
死んでからも、一人寂しく眠っているんだと思うと悲しいですね★
が、空を仰げばなにやら天に聳え立つ鉄筋コンクリートの
超高層ビル…そして鳴り響く金属・機械の工事音★
かつて朝日ビルがあった場所に新しく何かが建つようで…

情緒(?)というか…なんだかわびしく打撃を受けましたが、
沖田さんもウカウカ眠ってられないほど賑やかでした(>_<)煩…

で、講演会に出席する為ゆっくりもしていられず
昼飯を近くのコンビニで調達★
するとレジのお兄さんが「今日は何かあるんですか?」と不思議顔★
「実は…」と、総司忌でお墓参りの件を教えれば…
「年に一度女の子がいっぱい来るから…」と驚きつつ頷いてました★
…そりゃ年に一度のこととはいえ驚くだろうサ…ねぇ?(^_^;)

サクサク買い物を済ませて向かいの道路でタクシーを拾い国学院へ★
三人で割勘したのでさほど運賃も高付かずにすみました★
で、会場に行ってみればすでにわらわらと人だかり★
急いで席を確保し昼食をとりました(/^_^)/★

時間となり、一同揃ったところで気付いたのは参加者の面々と年齢層★
歳三忌の時は満遍なく男性の方も多かったのですが…
この総司忌は大半が婦女子!しかも平均が若い!!あら〜??

ま、そんな中で講演会は沖田総司の本の朗読から始まり、
(まだ読んでない本だったらから内容の恋物語に感動しました★)
続いて、先月の歳三忌の時の予告から一ヶ月、
待ちに待たされた伊東先生の解説が始まりました★

総司忌ということで沖田さんの話もほどほどに
今回は土方さんがメインで語られました★
いやぁ、先生の話し方がいいのでしょうね?面白いのなんのって★
土方さんの人物像+想像イメージを崩壊させるエピソードのオンパレード★
土方さんの奥深さをまた改めて学ばせてもらいました(^_^;)

そして!司馬遼太郎氏の『新撰組血風禄』にある
「前髪の惣三郎」で有名な(?)加納惣三郎の話には一同興味津々★
今回は事前に解説資料を配布され、それに沿って話を展開されたので
面白おかしいい解説にあわせてメモを取る方々が多かったです★

一通り小一時間程度のお話で笑い疲れたところを見計らって、
この夏公演予定の志道塾による新撰組の御芝居を紹介するということで
参加者一同を前に役者の方々が殺陣の型を披露してくれました★
これが括弧イイ!!一同息を呑む迫力でした★
…できることなら見に行きたいぞ…が、東京は遠い…(T▲T)るるる〜♪

で、お楽しみの籤引…だったのですが
残念なことに今回は空クジがあたようで外れてしまいました★

そうそう、講演会の後、勢い半分で伊東先生著の『土方歳三の日記』を購入★
遠方からの強行軍でこれは財布に大打撃だったのですが…サイン入れてもらっちゃった(^〜^)
おまけに土方さんの全身写真のプロマイド(?)を付けてくれましたよ★
早速、帰宅してから読み始めています★

好い加減でお開きとなり、近隣の方々は二次会に向かい
我等は渋谷の駅へ…先輩方は新幹線で帰るということで前回同様、
私は本日の最終目的地へ向かうべく二人と別れ向かうは伝通院!!

小石川・伝通院

伝通院は清川八郎の計らいで浪士組を結成し、
浪士組が京都上洛時の出発地です★
その清川八郎の墓もあるということで
鼻息荒く後楽園の駅を降りました…

が、地図で見るだけでは気付かなかった誤算…
後楽園からの道のりに駅を出てすぐ、
かなり急勾配の上り坂が待ち構えていました…(゜■゜;)
えっちらおっちら上りながら
「試衛館の面々もこの坂を上ったのかなぁ…?」と
考えながら足を運べたのがせめてもの慰めでしょうか?

小石川・伝通院

豊坂警察署の脇を折れてその突き当りに伝通院はありました★
既にPM5:30を回って薄暗くなってきた所に訪れたので迫力満点★
それでも門は開いていたのでヒョコヒョコ入っていって
墓地前で水撒きをしていた人に
清川八郎氏のお墓は何処かと尋ねると
「…清川…八郎さん?…さぁ?」と趣旨すら
解ってもらえず(T▼T) くぅぅ…

関係者の方々は既に帰ってしまわれたということで…
女子一人で夕暮れ時の墓地をさ迷い歩くのは
遠慮したかったので諦めました★
いや…寺を徘徊するだけでも冗談の所業かもしれません…
(真似せぬ様!実際問題危険です!)

小石川・伝通院

そして去り際、気分は浪士隊気分を味わいました★
「さぁ、上洛だ!!」ってなもんですよ(^〜^)/~笑っ

元来た道を戻れば右手に東京ドームが★
(行きは伝通院で頭が一杯で気付かなかった…)
「おぉ…これが面積の単位で数えられる東京ドーム…」
と田舎者丸出しでドーム周辺を散策★
するとなにやら面白おかしく楽しげな妖しい集団を発見!
コスプレイヤーの皆々様がわらわらと…(゚o゚)あれは何だったんでしょう?

気になりつつ水道橋駅から新宿に戻るべく電車に乗り込みました★
千駄ヶ谷を通って線路に沿って流れる川を目にした時、
「嗚呼、ここの何処かで沖田さんは…」と思考がよぎりました★
「今戸神社行けなかったしなぁ…」とも…くぅぅ惜しかったなぁ…(>_<)

と、その時でした★ 電車が止まったまま動かなくなったのです★
どうやら何処ぞで人身事故があったらしく…(+_+)
一駅毎に止まっては動き、動いては止まりを繰り返し…
結局最後の最後でえらい時間をロスしてしまいました…★
今日はツイていなかったようです(T▼T)とほほ…
(墓廻りしたから憑いてはいたかもしれませんが)

どうにか新宿に辿り着き、探すは東京土産!「東京バナ●」!
友達に買って来てくれと頼まれていたこともあり捜索開始★
……が、20件お店を梯子して回るも「ありません」の返答ばかり…
「新宿では…見掛けませんねぇ?」とまで言われ絶望の淵に立ちつつ
最後の気力で21件目を尋ねた時!「向かいの店にありますよ」との返答が★

早速注文して物を拝見★ …って…バナナじゃなくて御菓子じゃないですか?
てっきり私は果物のバナナそのままをイメージしていたので(゚▼゚)>恥っ…
穏便に二箱を買占めてその場をソソクサと退散しました★

後は夕飯をのんびり食して帰りの夜行バスに乗り込み、
無事AM5:50帰阪しました★
歳三忌の時同様、帰って直ぐ風呂に入りました(^〜^)スッキリ★
今回もなんだかんだと限られた時間内に、全力で東京史跡観光を味わった強行軍★
やっぱり体力勝負でした★
そして明けた今日もまだ疲れが残ってます…(鍛え方が足りない証拠ですね…とほ〜★)



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